佐藤仁左衛門(笹子仁左衛門)

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義民伝承のある場所の概要

生駒氏の領地であった矢島藩では、江戸時代の延宝年間に年貢増徴のために検地が行われ、百姓の負担が甚大となり、逃散するものが相次ぎました。
この窮状を見かねた下笹子(しもじねご)村の肝煎であった佐藤仁左衛門為清は、江戸表に行き藩主・生駒親興に直訴し、いったんは訴えが認められたものの、最終的には仲間の裏切りによって殺害されて晒し首となったほか、他の首謀者も裸森の刑場で処刑されてしまいます。
仁左衛門の首を埋めた首塚には、仁左衛門を田農の神として祀る「青田神社」が鎮座するほか、刑場跡にも明治時代になって「義烈良民之墓」と刻まれた石碑が建てられました。


 青田神社の所在地や地図は次のとおりです。

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名称 青田神社
所在地 秋田県由利本荘市鳥海町下笹子地内
リンク [関連サイトに遷移]
備考 「間木の平会館」の先、県道57号沿いの墓地近くに文化財愛護シンボルマークが付いた「青田神社 仁左衛門首塚」の青看板が立てられています。

解説

豊臣家臣だった生駒親正は、勲功により讃岐高松17万1800石を与えられ、江戸時代に入っても、生駒一正、正俊、高俊と、4代にわたり高松藩主として君臨します。
しかし、最後の生駒高俊は、重臣たちの権力争いを抑えることができず、いわゆる「生駒騒動」によって領地を没収され、堪忍料として出羽国矢島1万石を与えられ、矢島村の八森陣屋(いまの由利本荘市立矢島小学校、矢島神社境内)で暮らすこととなります。

その後の生駒家は、分家によって石高1万石に満たなくなったため、当主は旗本として江戸で暮らし、国許の支配は郡奉行・三浦伊右衛門ら陣屋近くの山本小路に集住していた「山本一家」に委ねられることになりました。

延宝年間、矢島藩(便宜上「藩」と呼称します。)の財政再建策として、山本一家の主導により領内の検地が行われますが、石高を水増しして無理な年貢増徴を図ったため、領内の百姓が逃散する事態を招きます。
そこで、生駒家の家臣で当時勘当されていた金子久左衛門、検地役人の小助川治郎右衛門らを味方に付けた領内の百姓代表は、江戸表に出て矢島藩3代当主・生駒親興に窮状を直訴すること成功し、山本一党には藩主から切腹が命じられます。

このことを利用した金子久左衛門らは、山本一家を討ち取るようにと百姓をそそのかしてその屋敷を襲わせたため、領外に逃げ出した山本一党のかわりとして、江戸から新たに城代家老として市橋彦兵衛が送り込まれ、金子、小助川らとともに領内の政治の主導権を握ることになります。

しかし、市橋らの体制に変わっても、元のように高率の年貢を厳しく取り立てる姿勢は同様で、単に百姓を政争に巻き込んだだけという結果であったことから、下笹子村の佐藤仁左衛門が立ち上がり、ふたたび藩主に直訴することを決意します。

佐藤仁左衛門ら百姓代表は、連判状を携えて江戸に上り、首尾よく藩主・生駒親興に面会することができ、藩主からは年貢をこれまでどおりとする朱印状をもらって帰途につきます。

ところが、これを知った城代家老の市橋らは、失政のそしりを受けることをおそれ、佐藤仁左衛門らは山本一党の回し者で藩主を亡き者にしようとしていると讒言し、心変わりした藩主によって、すでに渡した朱印状を奪い取り、佐藤仁左衛門らを討ち取るようにという命令が下されます。

佐藤仁左衛門は屋敷を襲撃されるものの辛くも逃れますが、朱印状は奪い取られ、直訴状を清書した和光院や、笹子の百姓甚太郎、甚之丞、常法らが捕縛されてしまいます。
そして、延宝8年(1680)、新庄村の裸森の刑場において、和光院は石子詰め、甚太郎、甚之丞、常法は斬首、他の百姓は磔によって処刑されてしまいます。
特に、石子詰めの刑は、地面に穴を掘って罪人を入れ、小石を放り込んだり投げつけたりして生きながら埋めるという凄惨な刑罰であり、山伏の間において行われていたものです。

いっぽう、佐藤仁左衛門は山中に潜伏して機会を伺ってしましたが、恩賞に目がくらんだ同村の久八という者の裏切りによって謀殺されてしまい、その首は晒されたといわれます。

このような経緯を辿った出羽矢島の「宝永騒動」は、逃散した百姓が村に戻らず田畑が荒廃したため、新庄村の木村与一右衛門の仲介によって、藩と百姓との間で示談が成立し、朱印状のとおりの年貢におさまることとなりました。

後世、仁左衛門の首を埋めた塚には、農業の神として仁左衛門を祀る青田神社が建てられ、いまでも7月に地元の集落によって祭礼が行われています。


参考文献

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