本郷村善九郎

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義民伝承のある場所の概要

江戸時代の飛騨国は幕府の直轄地として高山陣屋が置かれていましたが、大原彦四郎紹正(つぐまさ)、子の正純が飛騨代官となった時代には、「大原騒動」として有名な百姓一揆が勃発します。
これらは元号をとって明和騒動、安永騒動、天明騒動の3つにわかれており、特に安永騒動では1万人ともいわれる百姓が蜂起し、代官の要請で郡上藩など周辺諸藩の藩兵が鎮圧に当たり、百姓らに多大な犠牲が生じたほか、事件後には飛騨一宮水無神社の神官らが磔、18歳の若き指導者だった本郷村善九郎らが獄門などの極刑に処せられました。
安永騒動の発端は検地と増税でしたが、代官の大原彦四郎は逆に検地を成し遂げた功労で布衣郡代に昇進しています。


 飛騨一宮水無神社の所在地や地図は次のとおりです。

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名称 飛騨一宮水無神社
所在地 岐阜県高山市一之宮町5323
リンク [関連サイトに遷移]
備考 当時の拝殿の建物が「絵馬殿」として境内に残るほか、境内入口に大原騒動の石碑があります。
  • 「備考」欄に特定の場所の緯度・経度が記載されている場合には、検索ボックスにその値をコピーして入力(例えば「35.689634, 139.692101」と入力)すれば、該当する場所の地図が表示されます。
  • 地元の伝承が歴史的事実とは異なるとみられる場合もあえてそのまま記載することがあります。


解説

江戸時代の飛騨国は幕府の直轄地として高山陣屋が置かれていましたが、大原彦四郎紹正(つぐまさ)が第12代の飛騨代官となった時代以降には、「大原騒動」として有名な百姓一揆が勃発します。

これらは明和8年(1771)から天明8年(1788)までの長きにわたりますが、当時の元号をとって、時期的に「明和騒動」、「安永騒動」、「天明騒動」の3つにわかれており、特に「安永騒動」が最大のものとされます。

「安永騒動」の発端は、安永2年(1773)に大原彦四郎が年貢率引き上げのうえでの定免制の採用と、元禄年間以来となる新開の田畑の検地を始めたことにあります。

代官の説明では新たに切り開かれた田畑だけのはずが、古い田畑にも厳しい検地が及んだ結果、全体で1万石以上の石高の打ち出しがあり、当然、百姓にとっては重税の負担が増すというものでした。

これに対して、飛騨の村々の名主・百姓らは代官所に嘆願書を提出しますが拒否されたため、舟津町村太郎兵衛(いまの岐阜県飛騨市神岡町)ら代表者が江戸表に出て松平右近将監武元への駕籠訴などを行いますが、逆に願いが聞き届けられぬまま死罪(一部は牢死)となり、首級は塩漬けにされて江戸から飛騨に送られ、万人講(高山市桐生町1丁目293、県道458号の万人橋西詰に「南無三世諸仏」と書いた大原騒動犠牲者の供養塔がある)の処刑場に晒し首となってしまいます。

これを受けて、百姓らは本郷村小割堤や一之宮鬼川原で集会を開き、高山陣屋にも押し寄せて年貢の延納などを要求しますが、最終的には一宮水無神社に1万人が集まり、白川郷など一部を除く、ほぼ飛騨国全土にわたる規模の大規模な一揆へと発展します。

代官は江戸にこの旨を報告し、幕府の要請で近隣の郡上藩や大垣藩、富山藩などから藩兵が出兵し、水無神社の神域に逃げ込んだ百姓にも鉄砲を射掛けるなどして、百姓側に死者、負傷者多数を出す大惨事となります。

事件後の安永3年(1774)、百姓に加担した飛騨一宮水無神社神主の山下和泉、森伊勢と無数河村名主長次郎、宮村又四郎(ともに今の高山市)の4名が磔、18歳の若き指導者だった本郷村(今の高山市)善九郎らが獄門などの極刑に処せられました。

なお、本郷村善九郎が処刑前に16歳の妻のかよに残した書状には、「拙者義もかくご致し申候、其の方にもあきらめ成さる可、此の世にてはあひ申さず候」と暇乞いの文言がみえ、現在は岐阜県の重要文化財として指定され、国史跡高山陣屋に写しが展示されています。


安永騒動の発端は検地と増税でしたが、代官の大原彦四郎は、逆に検地を成し遂げた功労で、上位の身分の証として布衣(ほい)の着用を許される郡代にまで昇進しています。
そのいっぽうで、多くの百姓の恨みを買い、妻は夫の苛政を戒めるために自害、自身も眼病により失明するなどしており、神仏にすがって安永8年(1779)に水無神社に寄進した灯籠一対が残ります。
第13代の飛騨郡代は、大原紹正の子である大原亀五郎正純ですが、彼も私利私欲に走って「天明騒動」を引き起こし、最終的に大原亀五郎は不正により八丈島に流罪、駕籠訴をした農民も死罪となっています。


参考文献

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リンクがなく書誌情報(リンク先のページ下部にISBNコード、発行年、出版社などが明示されている)がわからない参考資料は、一般書店で取り扱っていない稀覯本や内部配布物ですが、国立国会図書館で貸出対応をしている可能性があります。

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