義民のあしあと

岡村権左衛門




義民伝承地の概要

寛政元年(1789)、越後国三島郡の川西組9か村は、幕府天領から長岡藩領へと所替えになりますが、同時に年貢が4斗2升から4斗7升に増税となります。

そこで、寛政3年(1791)、廻り連判状(からかさ連判状)をつくって結束し、年貢減免を求めて代官所に訴状を提出しますが、徒党を組んで強訴した罪に問われ、頭取の岡村権左衛門が打首獄門となります。

結果として、岡村権左衛門一人の犠牲によって年貢の減免は実現されたため、地元では彼を義民として讃え、明治時代に「義民岡村権左衛門碑」が建てられています。

義民岡村権左衛門碑の地図

地図が表示されるまでお待ちください。
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名称 義民岡村権左衛門碑
所在地 新潟県長岡市浦地内
備考 長岡市越路河川公園の近く、ケアハウスわらび園の道路挟んで反対側の空地にあります。
参考リンク [クリックして遷移]

  • 「備考」欄に特定の場所の緯度・経度が記載されている場合には、検索ボックスにその値をコピーして入力(例えば「35.689634, 139.692101」と入力)すれば、該当する場所の地図が表示されます。
  • 地元の伝承が歴史的事実とは異なるとみられる場合もあえてそのまま記載することがあります。

義民伝承の内容・歴史的経緯

寛政元年(1789)、越後国三島郡浦村(新潟県長岡市)をはじめ、岩田村、飯塚村、朝日村、来迎寺村及び古新田、道半村、宮川外新田、中澤外新田の川西組9か村は、幕府天領から長岡藩領へと所替えになります。

しかし、1俵あたりの年貢が4斗2升から4斗7升に増税になるなどしたことから、寛政3年(1791)、組頭らが山屋の三滝に集まって謀議を凝らし、一味神水の上で廻り連判状(から傘連判状)をつくって結束し、浦村組頭の岡村権左衛門が頭取として推挙されます。

ついに岡村権左衛門らは年貢減免を求めて代官所に訴状を提出しますが、徒党を組んで強訴した罪に問われ、岡村権左衛門や岩田村組頭藤左衛門など9人が牢につながれ、うち頭取と目された岡村権左衛門が打首獄門となります。

岡村権左衛門は、「徒党強訴は全く自身が致す所」として他の者に累が及ばないように庇ったといい、権左衛門一人の犠牲によって、他は追放や過料などの刑罰で済み、年貢の減免の一端は実現されたため、地元では彼を義民として讃え、明治時代に「義民岡村権左衛門碑」が建てられています。

参考文献・参考資料


リンクがなく書誌情報(リンク先のページ下部にISBNコード、発行年、出版社などが明示されています)がわからない参考資料は、一般書店で取り扱わない稀覯本や内部配布物などですが、国立国会図書館で貸出対応をしている可能性があります。

 

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