義民のあしあと

松木荘左衛門(義民松木長操居士の墓)



小浜藩では、大豆1俵につき4斗の年貢が4斗5升に引き上げられたため、藩内の庄屋らは何度も年貢引き下げの訴願を行いますが聞き入れられず、慶安元年(1648)、新道村の庄屋・松木(まつのき)荘左衛門(松木庄左衛門、松木長操)をはじめとする惣代が捕縛されてしまいます。
このなかで拷問に屈しなかった松木荘左衛門だけが、承応元年(1652)に日笠川原で磔刑に処せられますが、彼の最期の言葉どおり、年貢の引き下げが認められます(「小浜藩領承応元年一揆」)。
そのため、彼は「義民」として伝説化し、江戸時代にはすでに大豆を神棚に供えて祀る慣習が生まれたほか、各地に供養碑のようなものが建てられました。
明治時代には自由民権運動のなかで脚光を浴び、戦前には「松木神社」も創建されています。


目次
  1. 義民松木長操居士の墓の概要
  2. 義民松木長操居士の墓へのアクセス
  3. 義民伝承の内容と背景
  4. 参考文献



義民松木長操居士の墓へのアクセス

注意
文中に特定の場所の緯度・経度が記載されている場合は、検索ボックス内に値(例えば「35.689634, 139.692101」)をコピーして検索ボタンをクリックすれば、該当する場所の地図(Googleマップ)が表示されます。

名称

義民松木長操居士の墓 [参考リンク]

場所

福井県三方上中郡若狭町日笠26-10
(この地図の緯度・経度:35.468826, 135.823341)

備考

「義民松木長操居士の墓」は、国道27号丹後街道沿い、日笠公民館奥の正明寺境内にあります。目の前のJRバス「日笠」停留所前に「義民松木長操遺跡」と大きな看板が掲出されています。松木荘左衛門の墓にあたる五輪塔は、正明寺の山門入って左側すぐのところで、地蔵と並んで建てられており、脇に史跡案内板もあります。


「松木長操記念公園」(松木荘左衛門の処刑場所)は、正明寺からJR小浜線を越えて北に直線距離で250メートルほど離れた北川堤防沿い(緯度経度で35.471519, 135.824143)にあり、その事績をあらわす石碑や松の植栽がみられます。


「松木神社」は、福井県三方上中郡若狭町熊川32番地(35.444025,135.898576)、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている熊川宿の外れの高台にあり、ここはもと小浜藩が年貢米を収蔵していた御蔵屋敷跡です。



義民伝承の内容と背景

小浜藩では大豆1俵につき4斗の年貢を徴収していましたが、中世的山城の後瀬山城に代えて小浜城を築城するにあたり、藩主・京極高次の時代に4斗5升に税率が引き上げられ、武州川越からの転封で小浜藩主となった酒井忠勝もこれに倣います。

これに対して、小浜藩の庄屋らは、9年にもわたって年貢引き下げの訴願を行いますが聞き入れられず、ついに慶安元年(1648)、若狭国遠敷郡新道村(今の福井県三方上中郡若狭町新道)庄屋・松木荘左衛門(まつのきしょうざえもん、松木庄左衛門、松木長操(法名)とも)をはじめとする惣代が捕縛されます。

惣代らは藩の厳しい吟味によって次々に脱落し、瓜生村・松宮新太夫、三宅村・玉井喜太夫、井ノ口村・松宮小治郎太夫らが残っていたものの、最終的には松木荘左衛門ただ一人となります。
承応元年(1652)、この28歳の松木荘左衛門だけが、小浜藩により日笠川原で磔刑に処せられますが、彼の最期の言葉どおり、結果として年貢の引き下げは認められました(「小浜藩領承応元年一揆」)。

酒井家家臣の嶺尾信之が享保5年(1720)に記した歴代藩主の言行録『玉露叢』(『酒井家玉露叢』。林鵞峰著とされる同名の『玉露叢』とは別物。)には、訴えには理があるが向後の押さえのために処刑したとあり、酒井忠勝自身も「政務の内に三度非為の事有」と三大失政の一つに数え上げ、近辺の百姓は彼の忌日に大豆を手向けて供養する風習だと伝えています。

史実としては不明な点が多いものの、「義民」として伝説化した松木荘左衛門の供養のため、寛延2年(1749)には、日笠村中で彼が埋葬された正明寺に五輪塔を造立しているほか、江戸時代を通じて他の場所にもいくつか供養碑のようなものが建てられています。

明治時代には、折からの自由民権運動のなかで義民顕彰の動きが広がり、明治16年(1884)に小室信介が著した『東洋義人百家伝』の中で、竹矢来が組まれた刑場に集まった見物人に「我ハ幾万人の人々の為めに一命を豆に換えへたるぞや」と大音声で叫んで息絶えるラストとともに紹介して以降、全国的にも「義民」として有名になります。
昭和8年(1933)には地元の篤志家たちによって 若狭町熊川(現在は国重要伝統的建造物群保存地区)の小浜藩米蔵跡に松木荘左衛門を祀る「松木神社」が創建され、「長操居士340回忌」にあたる平成4年(1992)には、丹後街道近くの松木荘左衛門が処刑された場所に「松木長操史跡公園」が整備されました。



参考文献・参考資料


リンク先のAmazonのページ下部に書誌情報(ISBNコード・著者・発行年・出版社など)が記載されています。リンクなしは稀覯本や私家本ですが、国立国会図書館で借りられる場合があります。



一生に一度は行きたい日本の神社100選
島田 裕巳 (監修)
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