大西権兵衛

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義民伝承のある場所の概要

江戸時代の丸亀藩および多度津藩では天候不順により飢饉となり、年貢減免の要求も聞き届けられず、寛延3年(1750)正月にはついに6万人以上が参加したとされる「西讃百姓一揆」が勃発します。
藩では要求の一部を認めるものの、笠岡村の大西権兵衛らが一揆の頭取として磔や打首獄門の刑に処せられ、5歳になる権兵衛の子供までもがこれに連座して処刑されました。
地元では処刑された7人を「七人童子」として語り継ぎ、明治時代には彼らの義挙を顕彰するため「七義士神社」が創建され、「権兵衛芝居」も行われるようになりました。


 七義士神社(権兵衛神社)の所在地や地図は次のとおりです。

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名称 七義士神社(権兵衛神社)
所在地 香川県三豊市豊中町笠田笠岡3285
リンク [関連サイトに遷移]
備考 「七義士神社」は国道11号伊予街道沿いにあり、高松自動車道のさぬき豊中インターから3キロほど北にあたります。沿道に「七義士神社(権兵衛神社)THE GONBEE SHRINE」と看板があり、義民を祀る神社としては割と大きな神社です。
一揆の相談が行われた「宇賀神社」は、「七義士神社」よりもさぬき豊中インター寄りの天保山親水公園の東畔(34.1582435,133.7117514)にあり、楼門(随身門)は元禄年間の建立です。
七義士の埋葬地という「童子が浜」は、生島湾を望む香川県消防学校前の下笠居東生島墓地(34.364676, 133.970794)にあたり、下笠居地区コミュニティ協議会のリーフレット[pdf]に記載があります。


解説

江戸時代中期の丸亀藩および多度津藩では、数年続きの干魃と水害による飢饉が激しく、村役人を通じて年貢減免の嘆願が行われるものの、藩に聞き届けられることはありませんでした。

こうした中で、丸亀藩領の三野郡笠岡村(現香川県三豊市)の大西権兵衛を筆頭に、那珂郡帆山村(現まんのう町)の郷士・小山耕雲斎が開いていた私塾の門下生や縁者が中心となり、笠岡村の宇賀神社の楼門上で謀議を凝らして一揆が画策されたといいます。

寛延3年(1750)正月には村々に廻状が回され、讃岐国三野郡と豊田郡の百姓4万人あまりが蓑笠を着け、鎌や鍬などを持って本山河原に集まり、庄屋の屋敷などを襲う一揆がついに勃発します。

これは「西讃百姓一揆」「西讃農民一揆」「讃岐寛延一揆」などと呼ばれますが。鳥坂峠で多度津藩領の那珂郡、多度郡の百姓と合流したため、総勢では6万5千人ほど(人数は諸説あり)が参加をする全藩一揆の様相を呈したといわれています。

善通寺まで押し寄せた一揆勢は、丸亀藩御用人三田茂左衛門らと誕生院客殿で会見し、年貢未進方ならびに借銀借米の30年無利子返済、村役人の排除など13か条を要求したところ、要求のうち10か条までが認められたために解散します。

しかしちょうどそのころに幕府から強訴・徒党・逃散の禁令が出されたため、この約束は藩から反故にされて首謀者の追及がはじまり、強訴などの罪で丸亀藩領笠岡村の大西権兵衛、嘉兵衛、弥市郎、帆山村の小山金右衛門が磔、大野村の(高橋)兵治郎、多度津藩領碑殿村の(森)甚右衛門、同じく三井村の金右衛門が打首獄門と決まり、同年7月28日に金倉河原の刑場(今の丸亀市金倉町)などで処刑されます。

この7人のほかにも大西権兵衛の倅(長男16歳)の大西新五郎、笠岡村に住んでいた大工の平九郎が打首獄門、さらに事件に連座して末はわずか5歳に至るまでの大西権兵衛の倅3名も打首となり、記録に残る死罪の人数は合わせて12名で、加えて多数の農民が入牢や追放の刑に服しました。

48歳の大西権兵衛は「此の世をば 泡と見て来し 我が心 民に代りて 今日ぞ嬉しき」と辞世の句を残したとされ、地元では「七人同志」「七人童子」「七義士」として語り伝えられてきました。

処刑された七人童子の胴体は親類縁者に引き渡されたものの、重罪人として領内で埋葬することが許されず、船で高松藩領の笠居村(現高松市)まで運んでようやく荼毘に付したといいますが、幕藩体制が終焉を迎えた明治時代に入ると、公に彼らの義挙を顕彰することができるようになります。

そこで明治36年(1903)には笠岡に「七義士神社」が創建され、「権兵衛芝居」なども行われるようになり、芝居は戦後一時中断するものの、昭和の終わりに復活し、神社境内には芝居小屋も建てられました。


参考文献

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リンクがなく書誌情報(リンク先のページ下部にISBNコード、発行年、出版社などが明示されている)がわからない参考資料は、一般書店で取り扱っていない稀覯本や内部配布物ですが、国立国会図書館で貸出対応をしている可能性があります。

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