車椅子で行く神社仏閣・パワースポットの旅

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結城弘経寺: 弘経寺は、茨城県結城市にある浄土宗の寺院です。文禄年間に徳川家康の子にあたる結城秀康が開基した寺院で、僧侶の学問所にあたる「関東十八檀林」の一つにも数えられます。俳人の与謝蕪村ゆかりの寺院でもあり、滞在中に「墨梅図」や「楼閣図」などの襖絵を残しています。
水戸東照宮: 水戸東照宮は、茨城県水戸市にある神社です。水戸藩初代藩主の徳川頼房が江戸幕府の開祖である徳川家康を祀ったのがはじまりで、水戸空襲により焼失後に再建されました。境内には徳川斉昭が考案した「安神車」と呼ばれる戦車が残されており、水戸市の指定文化財になっています。
金村別雷神社: 金村別雷神社は、茨城県つくば市にある神社で、小貝川沿いに建てられています。茨城県水戸市の別雷皇太神、群馬県邑楽郡板倉町の雷電神社と並ぶ「関東三雷神」の一つです。江戸時代につくられた杮葺きの本殿は覆屋とともに茨城県の指定文化財となっています。
神善寺: 神善寺は、茨城県神栖市にある真言宗の寺院です。平安時代の開基というこの地域では最も古い寺院で、地名の「舎利」の由来となっています。鎌倉時代の釈迦涅槃像などが茨城県の有形文化財に指定されているほか、境内に生えている「波崎の大タブ」は樹齢千年ともいわれており、昔から火伏せのご利益で知られ、「新日本名木100選」にも選定されました。
吉田神社: 吉田神社は、茨城県水戸市にある式内社で、常陸国三宮にあたります。日本武尊が東征の際に兵を休ませたという朝日山の地に社殿を建てたのがはじまりとされ、古くから朝廷や武家の崇敬を集めており、水戸藩2代藩主の徳川光圀も社殿を造営しています。境内は市街地を望む高台にあり、「吉田神社の見晴台」の名称で「茨城百景」の一つに選定されています。
健田須賀神社: 健田須賀神社は、茨城県結城市にある神社です。古くからの歴史をもつ式内社の健田神社と、結城郷の総社にあたる須賀神社が明治時代に合祀されて誕生しました。戦国大名の結城晴朝が発給した判物などの貴重な社宝を抱えいます。また、毎年7月開催の「結城夏祭り」ではこの神社の神輿が市内を渡御し、「結城のあばれ神輿」として有名です。
潮音寺: 潮音寺は、茨城県潮来市にある法相宗の寺院です。昭和50年に奈良薬師寺の東関東別院として創建されたもので、慈母観音を本尊としています。毎年年末とお盆の時期に、境内で1万灯ものろうそくに火を灯す「万燈会」を行っていることで有名です。
大念寺: 大念寺は、茨城県稲敷市にある浄土宗の寺院です。天正年間に江戸崎城主・芦名盛重の帰依を受けた慶巌上人の開山で、僧侶の学問所である檀林が置かれ、「関東十八壇林」の一つに数えられました。境内には県内でも希少な「楼門」をはじめ、徳川家康お手植えといわれる「逆さ銀杏」などがあります。
萬福寺: 萬福寺は、茨城県行方市にある天台宗の寺院です。平重盛の遺骨を奉じて東国に落ち延びた平貞能が、この地に庵を結んで菩提を弔ったのがはじまりとされています。境内には茅葺きの本堂、仁王門、平重盛ゆかりと伝える阿弥陀三尊像などがあり、いずれも茨城県指定文化財です。
護国院: 護国院は、茨城県鹿嶋市にある真言宗の寺院です。和銅年間の創建と伝えられ、当初は鹿島神宮の境内にあり「護摩堂」とも呼ばれましたが、江戸時代に現在地に移転しています。本尊の不動明王像は、成田山新勝寺の不動明王像と同じ木から彫られた「兄弟不動」といわれます。この寺院は北関東三十六不動尊霊場の29番札所にもなっています。
古河正定寺: 正定寺は、茨城県古河市にある浄土宗の寺院です。江戸時代に幕府大老を務めた土井利勝が開基し、以後は土井家歴代の菩提寺とされました。境内にある通称「黒門」は、古河藩江戸下屋敷の表門を移築したもので、市の指定文化財となっています。あわせて土井利勝をはじめとする歴代の墓碑にあたる宝篋印塔もあります。
報仏寺: 報仏寺は、茨城県水戸市にある浄土真宗の寺院です。鎌倉時代、親鸞聖人の弟子で、師の教えを『歎異抄』にまとめたとされる唯円が開基したものです。中世には河和田城主・春秋氏の帰依を受けますが、江戸時代になって水戸藩2代藩主・徳川光圀が現在地に移した上で再興しています。境内にはかつての河和田城の土塁などが残るほか、本堂付近の枝垂れ桜は水戸市保存樹に指定されています。
鮭延寺: 鮭延寺(けいえんじ)は、茨城県古河市にある曹洞宗の寺院で、戦国武将の一人として知られる鮭延秀綱の菩提を弔うために創建されたものです。江戸時代に入り、山形藩の内紛により最上家が改易されると、家老だった鮭延秀綱は土井利勝のもとに預けられますが、その際食禄のすべてを家臣に分け与え、自身は家臣の家を転々としたという逸話が残っています。境内にはそのほか江戸時代の陽明学者である熊沢蕃山の墓も残されています。
大宝八幡宮: 大宝八幡宮は、茨城県下妻市にある神社で、大宝元年に宇佐神宮から勧請されたと伝わる「関東最古の八幡さま」です。古くは平将門や源頼朝など武家の崇敬篤く、現在の本殿も戦国時代に活躍した下妻城主・多賀谷重経が再建したもので、国の重要文化財に指定されています。また、奇祭として知られる火祭り「タバンカ祭」などの特徴的な神事も残っています。
茨城県護国神社: 茨城県護国神社は、茨城県水戸市に鎮座する神社で、江戸幕末から昭和にかけての戦没者を祭神として祀っています。明治初期に常磐神社の境内に創建された鎮霊社がその起源で、昭和16年(1941)に偕楽園内の桜山に遷座しました。戦後の一時期には「桜山神社」を名乗っていましたが、サンフランシスコ講和条約によりわが国が独立を回復した後、社号も戦前の「茨城県護国神社」に戻されました。
滝野不動堂: 滝野不動堂は、茨城県笠間市にある不動明王を祀る小堂です。カルスト地形の岩肌を背景にして懸崖造りで建てられており、笠間市の指定文化財になっています。江戸時代中期に笠間城下の商人・滝野伊兵衛らが寄進したものといい、木鼻には龍や獅子などの彫刻が施されています。本尊の不動明王像も戦国時代の作で、両脇侍とともに茨城県の指定文化財です。
内外大神宮: 内外大神宮は、茨城県筑西市にある神社で、かつて伊勢神宮の荘園にあたる小栗御厨が置かれた場所に勧請されたものです。内宮・外宮の2つの本殿が並立した伊勢神宮と同様のつくりで、境内の御遷殿などの建造物は国の重要文化財に指定されています。この地域では小栗御厨の支配者だった小栗氏の伝説をテーマに「小栗判官まつり」が行われています。
久昌寺: 久昌寺は、茨城県常陸太田市にあり、日蓮宗の由緒寺院にあたります。水戸藩2代藩主の徳川光圀(義公)が生母・久昌院の菩提を弔うために創建した寺院で、江戸時代には日蓮宗の学問所である檀林(三昧堂檀林)が置かれました。明治時代の神仏分離により一時荒廃するものの、末寺だった蓮華寺と合併して現在地で再興されました。戦前には光圀の遺徳を讃えて久昌寺の裏山に「義公廟」が建てられています。
来迎院: 来迎院は、茨城県龍ケ崎市にある天台宗の寺院です。境内に関東では珍しい国重要文化財の多宝塔があることで知られ、宝珠の銘文から弘治2年(1556)に江戸崎城主・土岐治英が修繕をしたことがわかっています。江戸時代には上野寛永寺の資金援助で本堂を再建するなどしています。
女化神社: 女化神社(おなばけじんじゃ)は、茨城県龍ケ崎市の飛地にある神社です。食物を司る保食命(うけもちのみこと)を祀るため「女化稲荷神社」とも呼ばれます。猟師が射ようとしたキツネを救った男のもとに、女に化けたキツネが嫁して恩返しをした伝説から、この特徴的な地名が生まれました。江戸時代には大規模な「牛久助郷一揆」の拠点になったことでも知られます。
薩都神社: 薩都神社は、茨城県常陸太田市にある神社で、『常陸国風土記』にも登場する古い歴史を持ちます。人里近くで猛烈な祟りをなすので、神に祈願して「賀毘礼の峰」といわれた今の御岩山頂に移されたものの、あまりにも険しく参拝が困難なため、大同元年(806)に現在地の近くに社殿が建てられたといいます。現在も山上には奥宮と中宮が鎮座しています。
江戸崎不動院: 江戸崎不動院は、茨城県稲敷市にある天台宗の寺院です。平安時代に慈覚大師が開山したと伝えられますが、特に江戸時代初期の幕府において絶大な力を振るった天海僧正が随風と名乗っていた頃、江戸崎城主・芦名盛重の招きに応じて住職を務めていた寺院として知られています。江戸時代には天台宗の学問所である「関東八檀林」の一つが置かれ、多くの塔頭や末寺を抱えていました。現在も境内には関東最大級とされる仁王門が残ります。
長禅寺: 長禅寺は、茨城県取手市にある臨済宗の寺院で、承平年間に平将門が創建したと伝えられています。境内にある「三世堂」は、現存するさざえ堂形式の貴重な観音堂として知られており、上りと下り専用の階段で他人と交差せずに参拝ができるように工夫されています。近世のさざえ堂は、この長禅寺のほかには福島県会津若松市の旧正宗寺三匝堂、群馬県太田市の曹源寺本堂、青森県弘前市の蘭庭院栄螺堂以外に例がないことから、茨城県指定文化財となっています。
牛久大仏: 牛久大仏は、茨城県牛久市に造立された大仏で、台座までをあわせた全高は120メートルほどと、ブロンズ立像としては世界最大の規模を誇っています。ギネスブックにも登録された大仏の内部には展望台があり、天候次第では富士山までが見渡せるほか、大仏の下は浄土庭園として、芝桜やナデシコ、ポピー、コスモスなどの季節の花が彩る空間となっています。
正宗寺: 正宗寺(しょうじゅうじ)は、茨城県常陸太田市にある臨済宗円覚寺派の寺院です。平安初期に平将門の父にあたる平良将が創建したと伝えられます。中世には常陸源氏の佐竹氏の菩提寺として栄え、境内墓地には佐竹氏累代の墓とされる宝篋印塔が残るほか、『水戸黄門漫遊記』の「助さん」のモデルとされる水戸藩の史臣・佐々宗淳(介三郎)の墓もあります。
神峰神社: 神峰神社は、茨城県日立市の神社で、神峰山頂には奥宮が、かみね公園脇には里宮が鎮座しています。江戸時代に徳川光圀の命により周辺の宮田・助川・会瀬3か村の鎮守として位置付けられたといい、大祭礼ではこれらの地域を神鉾が渡御します。大祭礼で奉納される高さ15メートルの巨大な山車の上ではからくり人形の芝居が演じられ、「日立風流物」の名称で国の重要無形民俗文化財やユネスコの無形文化遺産になっています。現在では毎年4月に平和通りで開催される「日立さくらまつり」でも「日立風流物」が公開されます。
佐竹寺: 佐竹寺は、茨城県常陸太田市にある真言宗の寺院で、「坂東三十三観音霊場」の第22番札所です。平安時代、花山法皇が坂東巡礼の折、勅願により元密上人が開基したとされています。また、戦国大名として有名な佐竹氏の初代・昌義がこの寺で不思議な竹を見つけたことから、はじめて「佐竹」の名字を称したという伝説もあります。現在の茅葺きの本堂は、兵火で焼失後に佐竹氏により再建されたもので、火頭窓など桃山建築につながる意匠が採り入れられており、国重要文化財に指定されています。
潮来長勝寺: 長勝寺は、茨城県潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院です。文治元年(1185)に源頼朝が創建したといわれ、その後水戸藩主の徳川光圀が堂宇を修築しています。銅鐘は鎌倉幕府執権の北条高時が寄進したもので、鐘銘として中国の蘇州の風景に重ねた「常陸蘇城」の文言が鋳られており、国の重要文化財に指定されています。境内には元禄時代のものと見られる堂々とした唐様建築の本堂が残るほか、桜の名所としても知られています。
鷲子山上神社: 鷲子山上神社は、社地が栃木県と茨城県にまたがる全国的にも珍しい神社です。大同2年(807)に創建されたといい、御祭神は天日鷲命で、製紙の祖神にあたります。中世には源頼朝から修理料を賜っているほか、常陸源氏の佐竹氏の一族が別当職に就いて祭祀を行い、近世には徳川家光から20石の朱印地を寄進されています。この神社の神使はフクロウであるといい、境内には金色の「日本一の大フクロウ」が奉納され、特に最近は宝くじの高額当選の御利益で人気を集めています。
西念寺: 西念寺(さいねんじ)は、茨城県笠間市にある寺院で、「稲田御坊」「稲田禅房」とも呼ばれる浄土真宗別格本山です。越後に配流された親鸞聖人が赦免後20年ほど滞在して東国布教の拠点とした「稲田の草庵」が寺院となったもので、『教行信証』の草稿が書かれたのもこの場所とされており、「浄土真宗立教開宗の地」として知られます。茅葺きの山門は室町時代の建立といわれ、境内には他にも親鸞聖人の遺骨(分骨)を納めた御頂骨堂や太子堂、太鼓堂などの建物があります。
手子后神社: 手子后神社は、茨城県神栖市の利根川河口近くに鎮座する神社です。祭神は手子比売命で、『常陸国風土記』に登場する安是の嬢子のことともいわれています。かつては常陸国一宮である鹿島神宮の境外末社となっており、特に地元の漁業関係者の信仰が厚く、例祭の「大潮祭」の日は休漁となり、勇壮な鉦や太鼓の鳴り物を伴った神輿が市内を練り歩きます。
西蓮寺: 西蓮寺は、茨城県行方市にある天台宗の寺院で、「常陸高野」ともいわれます。元寇のときに寄進された相輪橖や山門は国の重要文化財に指定されています。西蓮寺の大銀杏は樹齢千年以上という茨城県指定の天然記念物で、紅葉の名所となっているほか、付近には彼岸花や山百合の群生地もあり、「ふるさと山百合まつり」なども開催されています。
歩崎観音: 歩崎観音は、茨城県かすみがうら市にある寺院で、行基が刻んだ十一面観音を祀ったのがはじまりといいます。観音が霞ヶ浦の湖上を歩いて難破しかけた船を救ったという伝承から歩崎観音の名が付けられました。境内からは霞ヶ浦が一望でき、「歩崎の眺望」として「茨城百景」に選定されています。
國王神社: 國王神社(こくおうじんじゃ)は、茨城県坂東市にある、「新皇」として東国に君臨した平将門公を御祭神とする神社です。平将門公の三女・如蔵尼が、父の三十三回忌にあたり、その終焉の地に祠堂を建てたのがはじまりといわれています。御神体である「寄木造 平将門木像」は、茨城県の指定文化財となっています。
板橋不動尊: 板橋不動尊は、茨城県つくばみらい市にある真言宗の寺院で、弘法大師が不動明王を彫刻して安置したのがはじまりと伝えられます。戦乱などによって諸堂を焼失するものの、江戸時代には再建されており、本堂以下の建物は茨城県の指定文化財となっています。境内ではときおり骨董市などが開催されて賑わいます。
常陸国分寺: 常陸国分寺は、奈良時代に聖武天皇の詔によって全国に建立された国分寺の後継にあたります。かつて金堂があった位置には薬師堂が建てられ、境内地からは礎石や軒丸瓦なども発掘されており、近くの「常陸国分尼寺跡」とあわせて国の特別史跡として指定されています。また、江戸時代に都々逸節を大成した都々逸坊扇歌が石岡の地で亡くなったことから、境内には後に「扇歌堂」も設けられました。
筑波山大御堂: 大御堂(おおみどう)は、茨城県の筑波山麓にある寺院で、東京の護国寺の別院、坂東三十三箇所観音の第25番札所となっています。神仏習合であった時代には、現在の筑波山神社と一体として信仰されており、徳川将軍家とのつながりも深いものがありましたが、明治初期の神仏分離によって堂宇が破却され、のちに再建されました。
一ノ矢八坂神社: 一ノ矢八坂神社は、茨城県つくば市に鎮座する神社で、五穀豊穣・無病息災を祈念する「ニンニク祭」で有名です。もとは清和天皇の時代に山城国から素戔嗚尊を勧請したものとされ、三本足のカラスを射落としたときに、第一の矢が落ちた場所にあるので「一ノ矢」という地名が生まれたという伝承があります。中世には一帯を支配していた小田氏の崇敬を受けています。
大杉神社: 大杉神社は、「あんば様」として知られる茨城県稲敷市にある神社で、関東地方に多い大杉神社の総本社です。かつては霞ヶ浦を中心とした湖沼地帯が付近まで迫っていたことから、漁労や航海に関連が深いとされています。また、源義経の家来であった常陸坊海尊は大杉神社の眷属であり、天狗になったという伝説をもち、境内には大きな天狗の像があります。JRAの美浦トレーニングセンターに近く、境内社として勝馬神社もあることから、競馬関係者の参拝も多いようです。
常陸國總社宮: 常陸國總社宮(ひたちのくにそうしゃぐう)は、茨城県石岡市の神社で、かつての常陸国府に造営されたものです。「石岡のおまつり」として有名な9月の大祭は「関東三大祭」の一つとされ、多くの山車や獅子が町内を練り歩き、約40万人の見物客を集めます。
鹿島神宮:鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市に鎮座し、息栖神社、香取神宮とともに「東国三社」の一つとされる古社で、御祭神は武神として知られる武甕槌神です。古来、藤原氏や武家の崇敬が篤く、広大な樹叢の中には国の重要文化財に指定される本殿、奥宮などの建物や、地震を抑えるという「要石」などがあります。
雨引観音: 雨引観音は、茨城県桜川市にある真言宗の古刹で、御本尊の延命観世音菩薩は安産・子育ての御利益で知られます。境内には多宝塔はじめ江戸時代の建築が残り、山中に咲き渡る桜や紫陽花も見事です。「マダラ鬼神祭」という珍しい年中行事も伝えられています。
三竹山一言主神社: 三竹山一言主神社は、茨城県常総市の神社で、大同4年(809)、奇しい光とともに三岐の竹が生じ、大和国葛城山の一言主大神と託宣があったことからこの地に祀ったのが始まりとされます。ひと言願えば叶えてくれるという言霊の神様です。
大甕神社: 大甕神社は、茨城県日立市にある神社で、御祭神は建葉槌命です。境内には建葉槌命が「邪神」とされた甕星香々背男を封じ込めたという「宿魂石」があります。国道沿いにありますが、樹叢に覆われた中に磐座が残るなど、静かな佇まいを見せています。
大洗磯前神社: 大洗磯前神社は、茨城県大洗町にある神社で、御祭神は大己貴命・少彦名命。平安時代の『日本文徳天皇実録』に、海中に光る岩が現れて「民を救うために帰ってきた」と託宣したため祀ったとの記事があります。境内は海を見下ろす高台にあり、海中の神磯にも鳥居を構えるなど、海とのつながりの深い神社です。
村松山虚空蔵堂:村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵尊)は、茨城県東海村にある真言宗の寺院で、御本尊は虚空蔵菩薩です。伊勢朝熊山、柳津霊厳山とともに「日本三体虚空蔵尊」のひとつで、数え年13歳で智慧を授かるために参詣する「十三詣り」が有名です。周辺には原子力施設がありますが、海にほど近く、白砂青松に囲まれたところです。
常磐神社: 常磐神社は、茨城県水戸市にある旧別格官幣社。御祭神は徳川光圀・徳川斉昭両公。偕楽園内にあった祀堂を明治7年(1874)に遷座したもので、境内の義烈館には両公の遺墨や水戸学関連の展示があります。隣接する偕楽園は梅の名所として知られ、早春には観梅客が多く訪れます。
筑波山神社: 筑波山神社は、茨城県つくば市にある神社で、筑波男大神を男体山に、筑波女大神を女体山に祀り、拝殿は山の中腹にあります。山頂付近の御幸ヶ原まではケーブルカーが通じており、眼下に筑波研究学園都市を擁する関東平野が広がります。
息栖神社: 息栖神社は、茨城県神栖市にある神社で、鹿島神宮・香取神宮とともに「東国三社」のひとつに数えられます。創建は応神天皇の頃と伝えられ、平安時代の歴史書『日本三代実録』にもその名が載る「国史見在社」にあたる古社です。常陸利根川沿いに位置し、江戸時代には東国三社参りの人々でにぎわったほか、川の中から清水が湧き出る不思議な「忍潮井」(おしおい)があります。
笠間稲荷神社: 笠間稲荷神社は、茨城県笠間市に鎮座する「日本三大稲荷」のひとつで、殖産興業の神である宇迦之御魂神を祀ります。秋になると恒例の「笠間の菊まつり」が開催され、境内は全国からの観光客で混雑します。本殿は龍や中国の故事にちなむ精巧な彫刻が施されたもので、国の重要文化財として指定を受けています。