元宮磨崖仏

元宮磨崖仏(もとみやまがいぶつ)は、大分県豊後高田市にある鎌倉末期から室町初期の磨崖仏で、国東半島で栄えた特異な山岳仏教文化「六郷満山文化」を象徴する遺跡として、付近の熊野磨崖仏、鍋山磨崖仏とともに、国史跡として指定されています。田染元宮八幡社に隣接する崖地の岩肌に、不動明王をはじめとする5体が彫刻されています。

旅行先の地図

旅行先の概要

御本尊 不動明王、地蔵菩薩、持国天、(制多迦童子)、矜羯羅童子、毘沙門天
所在地 大分県豊後高田市田染真中100-1
交通 東九州自動車道「宇佐IC」から車で約40分
拝観料 無料
駐車場 なし
URL
連絡先 不詳

歴史・由来

元宮磨崖仏(もとみやまがいぶつ)は、大分県豊後高田市にある室町時代の磨崖仏です。

中央に両子山が聳える険しい地形の国東半島(くにさきはんとう)は、古くから修験の行場として栄えていましたが、これに宇佐八幡信仰などが融合し、山麓に天台系の多くの寺院が営まれて「六郷満山文化」と呼ばれる独自の山岳宗教文化が形成されました。

「六郷」とは、国埼郡の来縄、田染(たしぶ)、伊美、国前、武蔵、阿岐の6つの郷を指しており、この元宮磨崖仏がある田染地区には、他にも平安時代末期の作とされる高さ6.7メートルの大日如来、高さ8メートルの不動明王が彫られた「熊野磨崖仏」、不動明王とその眷属である矜羯羅童子(こんがらどうじ)、制多迦童子(せいたかどうじ)が彫られた「鍋山磨崖仏」があります。

これらの磨崖仏は、六郷満山文化を象徴する遺跡であり、「熊野磨崖仏 附(つけたり) 元宮磨崖仏及び鍋山磨崖仏」の名で国の史跡として指定されています。

元宮磨崖仏の詳しい経緯は不明ですが、田染地区に元宮、二宮、三宮の3つの神社、いわゆる「田染三社」の体制ができた鎌倉時代末期から室町時代初期のものとみられ、向かって左から地蔵菩薩、持国天、不動明王、矜羯羅童子、毘沙門天の順に、高さ1メートルないし2メートル級の像が並んでいます。

これらの像は、宇佐神宮の荘園である「田染荘」が成立した際、宇佐神宮からこの地域の総鎮守として勧請されたという「田染元宮八幡社」に隣接する凝灰岩の崖地に彫刻されています。

なお、地蔵菩薩は像容から後代に補刻されたものとみられるほか、持国天と不動明王の間には制多迦童子が位置していたものの、風化によって摩滅したとみられています。

熊野磨崖仏、鍋山磨崖仏がそれぞれ石段を上った先にあるのに対して、この本宮磨崖仏は県道沿いすぐのところに位置しており、誰でも間近に見ることができます。

この付近の村落や水田には、宇佐神宮の田染荘が置かれた中世の頃の絵図とほとんど変わらない地割や地名が残っていることから、「田染荘小崎の農村景観」として、国の重要文化的景観に選定されています。

車椅子で旅行するポイント

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【1】元宮磨崖仏の入口。手前はすぐ県道に接しており、磨崖仏のある崖地には風化を避けるための仏龕が建てられている。

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【2】仏龕の中に入ると元宮磨崖仏の本尊が間近に見られる。足元はタイル状に舗装され平坦である。



元宮磨崖仏境内図

境内配置図 [凡例]
本宮磨崖仏 仏龕 富貴寺 田染本宮八幡社本殿 拝殿 社務所 手水舎 金比羅宮 石造仁王像 田染郵便局 大分県道655号新城山香線 大分県道34号豊後高田安岐線 市街地 真中交差点 田染荘 ほたるの館 真木大堂 鍋山磨崖仏 田染三宮八幡社

移動のしやすさ ★★★★☆
バリアフリーの状況 
元宮磨崖仏は県道に面しているため、特に移動するまでもないが、地元の寄付と行政の補助金によって、磨崖仏を屋根で覆って保護するような仏龕(ぶつがん)が設置されており、その中まで移動すればさらに近くで見ることができる。ここには駐車場がなく、県道路肩に停車せざるを得ないのが難点である。身障者トイレも見える範囲にはなく、2キロ南の「真木大堂」内か、3キロ北の富貴寺入口にある「里の駅蓮華」を利用することになる。

周辺の名所・観光スポット

昭和の町

商店街がにぎわっていた昭和30年代の豊後高田の町並みを再現した街区。地元の豪商・野村家の倉庫を改造した中核施設「昭和ロマン蔵」の中には、駄菓子屋の夢博物館、昭和の夢町三丁目館、昭和の絵本美術館、旬彩南蔵などが入居している。また、その周辺には認定を受けた40ほどの店舗が営業し、懐かしい昭和の雰囲気を醸し出しているほか、地区内ではボンネットバスも運行している。
【身障者用トイレ、身障者用駐車場、スロープ、車椅子貸出あり】

■参考リンク:昭和の町・豊後高田市公式観光サイト




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