阿須賀神社

阿須賀神社は、和歌山県新宮市の神社で、東方に仙薬を求めた徐福の漂着伝説があります。熊野川河口に近い蓬莱山の南麓に鎮座し、神倉神社とともに熊野速玉大社よりも早い時期に創建されたとの伝えもあります。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 【主祭神】事解男命、熊野速玉大神、熊野夫須美大神、家津美御子大神
【配祀神】黄泉道守命、建角身命
所在地 和歌山県新宮市阿須賀1-2-25
交通 JR紀勢本線「新宮駅」から徒歩約10分
紀勢自動車道「尾鷲北IC」から車で約1時間10分
拝観料 無料
駐車場 神社境内(社務所前)に砕石敷の無料駐車場あり
URL 新宮市観光協会
連絡先 阿須賀神社社務所 0735-22-2533

歴史・由来

阿須賀神社は、和歌山県新宮市の熊野川河口に近い蓬莱山の南麓に鎮座する神社で、かつては熊野速玉神社の摂社であり、『熊野年代記』にもいう孝昭天皇53年(前423)を創祀の年としています。

平安時代の長寛年間(1163~1164)に伊勢と熊野の祭神が同体か否かを学者が論じた『長寛勘文』では、『熊野権現垂迹縁起』という古縁起が引用され、それによれば、熊野権現はまず神倉神社に降臨し、その61年後の庚午の年に阿須賀社北の石淵谷に勧請され、結早玉家津美御子を名乗ったとされており、阿須賀神社は熊野権現の神名が初めて明らかにされた場所とみられています。

阿須賀神社境内や社殿裏手の蓬莱山からは、弥生時代から古墳時代にかけての竪穴式住居や、平安時代以降に造られた懸仏(御正体)などを埋納した経塚の遺構などが発掘されており、古くから祭祀が行われていたことがうかがわれます。

また、秦の始皇帝の命令で不老不死の仙薬を得るために東方に旅立った徐福が漂着したのがこの地であるとされ、境内には徐福を祀る「徐福之宮」があるほか、「熊野三狐神」として尊崇される「阿須賀稲荷神社」も境内に鎮座しています。

さらに、熊野速玉大社では古くは33年に一度の遷宮が行われ、遷宮のたびに神宝が奉納されていましたが、中世の一時期その風習が資金難により途絶えていたところ、明徳元年(1390)、将軍・足利義満の時に復興され、阿須賀神社にも装束や鏡、手箱などの調度品が奉納されました。これらの優品は国宝に指定され、現在、京都国立博物館に所蔵されています。

2016年にはユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録範囲が拡大され、かつての熊野詣で「阿須賀王子」とされたこの阿須賀神社も、世界遺産の構成資産としての仲間入りを果たしています。

車椅子で旅行するポイント

阿須賀神社

【1】阿須賀神社の入口。参道への上がり口に段差1段。脇の「歴史民俗資料館」看板からは段差なく駐車場に入れる。

阿須賀神社

【2】社務所前に砕石敷の参拝者駐車場あり。

阿須賀神社

【3】左手の駐車場から正面参道へ。参道は石畳でおおむね平坦になっている。

阿須賀神社

【4】阿須賀神社境内。玉砂利敷で、正面に拝殿、右手鳥居奥に稲荷神社と徐福之宮、左手奥に子安之社。

阿須賀神社

【5】阿須賀神社の拝殿。正面に階段2段、賽銭箱は階段上に置かれている。



阿須賀神社境内図

周辺の名所・観光スポット

浮島の森

約5千平方メートルの島が沼の中にまるごと浮いており、約130種の植物が森を形成する。ヤマドリゼンマイ、テツホシダのような寒暖両性の植物が同時に混在する珍しい植生で、国の天然記念物に指定されている。かつては神倉神社を拠点とする神倉聖の行場とされていた。【身障者用トイレあり】

■参考リンク:新宮市観光協会>浮島の森

徐福公園

新宮駅の北200メートルほどの場所にある公園。秦の始皇帝の命を受け、東方に不老不死の仙薬を求めて出港した徐福がたどりついた先が新宮であったとする伝説が古くからあり、この場所には徐福の墓と称するものが存在していたことから、一帯が公園として整備された。園内には中国風の楼門や徐福像、天台烏薬の茶などを扱う徐福売店などがある。【園内は平坦、身障者用トイレ・車椅子貸出あり】

■参考リンク:財団法人新宮徐福協会