長者山新羅神社

長者山新羅神社

長者山新羅神社は、八戸市の長者山に鎮座する神社で、江戸時代に八戸藩主が遠祖・新羅三郎義光を祀ったのが始まりです。豊作を祈願して2月に行われる「えんぶり」の奉納は、馬の頭をかたどった烏帽子を被る「太夫」と呼ばれる舞い手が独特の舞を披露するのが特徴で、国の重要無形民俗文化財です。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 素佐鳴尊、新羅三郎源義光命
所在地 青森県八戸市長者1-6-10
交通 八戸自動車道「八戸IC」から車で約15分。
JR「本八戸駅」から徒歩約20分。
拝観料 無料
駐車場 神社南参道から入ると境内に砕石敷の無料駐車場あり
URL
連絡先 長者山新羅神社 0178-22-1769

歴史・由来

長者山新羅神社は、八戸市の長者山に鎮座する神社で、御祭神は素佐鳴尊、新羅三郎源義光命。

長者山には八戸藩初代藩主・南部直房によって虚空蔵菩薩が勧請され、江戸時代前期の元禄7年(1694)に「三社堂」(又は「虚空蔵堂」とも呼ばれる)が造営されていますが、新羅神社としての創建は延宝6年(1678)のこととされ、2代藩主・南部直政が領内の安寧を祈り、南部氏の先祖にあたる新羅三郎義光(源義光)を祀ったのが始まりです。

文政10年(1827)には8代藩主・南部信真が社殿を改築し、現在は正面からは見づらくなっていますが華麗な彩色文様を施したものとしています。同時に「桜の馬場」を開設し、大祭日に騎馬打毬の奉納を始めました。長者山は現在でも桜の名所として市民に親しまれているほか、珍しい騎馬打毬も「八戸三社大祭」の中日(8月2日)には欠かさず行われています。

明治2年(1869)、神仏分離して社号を「新羅神社」とし、さらに昭和51年(1976)、「長者山新羅神社」と改称して現在に至ります。

この神社で豊作を祈願して毎年2月17日に奉納される伝統芸能「えんぶり」は、田をならす農具「えぶり」を摺る動作からこの名があるといわれ、馬の頭をかたどったきらびやかな烏帽子を被る「太夫」と呼ばれる舞い手が、勇壮な独特の舞を披露するのが特徴で、国指定重要無形民俗文化財、ユネスコの無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」となっています。

前出の「八戸三社大祭」は、毎年7月31日から8月4日にかけて行われる祭りで、八戸市の龗(おがみ)神社、長者山新羅神社、神明宮の三社の神輿行列と人形山車が市内を巡行します。 期間中は100万人以上の観光客が訪れるといい、こちらも国の重要無形民俗文化財に指定されています。


車椅子で旅行するポイント

長者山新羅神社

【1】正面参道は階段につき車椅子不可。南参道へ車で迂回。

長者山新羅神社

【2】正面参道から200メートル先に南参道入口。舗装された坂道で車で通行可。

長者山新羅神社

【3】南参道を上ると桜の馬場があり、さらに越えて社殿近くに砕石敷の駐車場あり。

長者山新羅神社

【4】駐車場から拝殿への正面参道は階段。右側に迂回。

長者山新羅神社

【5】階段右側から境内に段差なく進入可。さらに右にはトイレ(身障者用でない)と急階段の北参道。

長者山新羅神社

【6】長者山新羅神社拝殿。参道は凹凸ある古い石畳、周囲は玉砂利敷。正面は階段で賽銭箱は段上。



長者山新羅神社境内図

周辺の名所・観光スポット

史跡根場の広場

南北朝時代に南朝方の武将・南部師行が築いた平山城の跡。その後も江戸時代前期まで300年間存続し、領地替えに伴い廃城となった。土塁や井戸などが残り、当時の建物は既にないが主殿、工房、馬屋などが復原され、内部では正月の武家の儀式の様子などを人形や調度品を用いて解説している。国指定史跡。
【身障者用トイレ・駐車場・簡易なスロープ・車椅子貸出(主殿内)あり】

■参考リンク:八戸市博物館>史跡根場の広場