兵主大社

兵主大社

兵主(ひょうず)大社は、滋賀県野洲市にある神社で、平安時代の『延喜式』にも名神大社の社格で掲載されるなど、古い歴史を持っています。その名前から武家の信仰を集め、入口に建つ朱塗りの楼門は足利尊氏の寄進といわれます。また、境内の回遊式庭園は国名勝に指定されており、紅葉の名所としても知られます。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 八千矛神(大己貴命)
所在地 滋賀県野洲市五条566
交通 JR琵琶湖線 「野洲駅」から近江鉄道バス経由で約13分、「兵主大社前」停留所下車、徒歩約5分
名神高速道路「栗東IC」または「竜王IC」から車で約30分
拝観料 境内無料
ただし、庭園拝観(4月15日から7月15日まで、および9月15日から12月15日まで)の場合は、大人500円、高大生300円
収蔵庫見学(3月最終日曜日および9月最終日曜日の午後1時から午後4時)の場合は、大人500円、高大生300円
駐車場 境内に砕石敷の無料駐車場あり
URL
連絡先 兵主大社 077-589-2072


歴史・由来

兵主(ひょうず)大社は、滋賀県野洲市にある神社で、平安時代の『延喜式』にも名神大社の社格で掲載されるなど、古い歴史を持っています。

縁起によれば、景行天皇の時代、大和国穴師(現在の奈良県桜井市)の地を選んで皇子・稲背入彦命に八千矛神(大国主神)を祀らせたのがはじまりで、その後、近江国の志賀高穴穂宮への遷都にあたり、近江国穴太(現在の滋賀県大津市、いわゆる「元兵主」)に遷座します。
さらに、欽明天皇の時代には、稲背入彦命の後裔にあたる播磨別(はりまわけ)の一族がこの神を奉じて琵琶湖を渡り、ふたたび現在地へと遷座したと伝えられています。

兵主の名から中世には特に武家の信仰を集め、入口に建つ朱塗りの楼門は足利尊氏の寄進といわれ、社宝にも国重要文化財の「白絹包腹巻」(鎧)が残されています。
また、境内の池泉回遊式庭園は平安時代後期の作といわれ、国名勝に指定されており、一帯の紅葉の名所としても知られています。

毎年5月5日の「兵主祭」には、周辺の「兵主十八郷」と呼ばれる氏子地域に鎮座している兵主大社の末社から神輿が出てこの境内に集まるほか、秘密神事とされる11月の「八ケ崎神事」では、浜辺で身を清めた宮司が琵琶湖の沖合まで祭神を出迎える儀式があり、これは古代に現在地へと祭神が鎮座した際のようすを再現するものといわれています。

車椅子で旅行するポイント

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【1】兵主大社の正面は砕石が敷かれた駐車場で、参道の入口には階段がある神橋が架かっている。

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【2】境内外周に沿って道路を進むと自動車祓所があり、ここだけ境内に段差なく入れるようになっている。

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【3】自動車祓所の脇には身障者トイレを設置するトイレ棟があり、社殿に向かって石畳の参道が延びている。

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【4】兵主大社の拝殿付近。参道は途中まで石畳で、境内の他の場所は玉砂利が敷かれている。



兵主大社境内図

境内配置図 [凡例]
本殿 拝殿 旧護摩堂 社務所 参集殿 自動車祓所 乙殿神社 楼門 神橋 野洲市市民グラウンド

移動のしやすさ ★★★★☆
バリアフリーの状況 兵主大社は正面入口に駐車場があるものの、その先は前後に4段ずつ階段がある神橋となっている。橋を迂回して外周道路を北側に進めば自動車祓所があり、ここからは段差なしで境内に進入できる。この自動車祓所の脇のトイレ棟には中央に身障者トイレがある。境内は参道の一部が石畳で舗装され、他のほとんどの部分は玉砂利が敷かれているが、目立って大きな段差はない。

周辺の名所・観光スポット

銅鐸博物館(野洲市歴史民俗博物館)

「銅鐸博物館(野洲市歴史民俗博物館)」は、銅鐸の誕生から作り方、形式の変遷までの謎を追うとともに、我が国有数の銅鐸出土地である野洲市の歴史と民俗を紹介した博物館です。野洲市では高さ134.7センチ、重さ45.47キロの日本最大の銅鐸が明治時代に大岩山から出土しています。また、隣接の「弥生の森歴史公園」には、古代の竪穴住居や高床倉庫などが復元されています。国道挟んで反対側の「桜生史跡公園」は、国史跡大岩山古墳群を公園化したもので、甲山古墳・円山古墳・天王山古墳が保存されています。
【身障者用駐車場・トイレ・スロープ・車椅子貸し出しあり。障害者手帳所持者と介助者は無料。】

■参考リンク:野洲市>歴史民俗博物館