川越日枝神社

川越日枝神社

日枝神社は、埼玉県川越市にある神社です。慈覚大師円仁が近江国坂本から勧請した日枝神社がはじまりといわれます。東京都にある日枝神社もこの神社から勧請されたもので、いわば本社としての扱いです。もとは喜多院境内にあったものが工事で移転していますが、本殿は室町時代後期につくられたもので、国の重要文化財に指定されています。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 大山咋神・大己貴命
所在地 埼玉県川越市小仙波町1-4-1
交通 西武新宿線「本川越駅」から徒歩約15分、またはイーグルバス(小江戸巡回バス)経由で約8分、「喜多院」停留所下車
関越自動車道「川越IC」または首都圏中央連絡自動車道「川島IC」から車で約20分
拝観料 無料
駐車場 なし。ただし、道路渡ってすぐの場所に喜多院の「明星駐車場」(収容台数133台、平日1時間まで200円、土日祝日3時間まで500円)あり。
URL
連絡先 日枝神社 049-224-1565

注:通常は神職不在のため、川越八幡宮(埼玉県川越市南通町19-3 電話049-222-1396)で対応。御朱印は賽銭箱横の書き置き(初穂料200円)か川越八幡宮へ。

歴史・由来

日枝神社は、埼玉県川越市にある神社です。

平安時代の天長7年(830)、慈覚大師円仁が無量寿寺(現在の中院・喜多院)を中興するにあたって、近江国坂本(現在の滋賀県大津市)から日吉社を勧請したのがはじまりとされています。

また、東京都にある日枝神社は、文明10年(1478)、太田道灌が江戸城を築城するにあたり、その鎮守として城内の紅葉山に川越の日吉社を勧請したものであることから、その本社としての扱いになっています。

かつては日吉山王権現を釈迦の垂迹とする山王一実神道の考えにより、喜多院の境内に鎮守として祀られていましたが、大正13年(1924)の県道工事の際、付近にもともとあった6世紀の前方後円墳(「仙波日枝神社古墳」)を削平し、その前方部に移転させられています。
なお、この前方後円墳の後円部には、現在は喜多院の慈恵堂前に移築されている多宝塔がありました。

日枝神社の本殿は朱塗りの三間社流造で、建築年代を明示する史料はないものの、その様式から室町時代後期のものとみられており、国の重要文化財に指定されています。


車椅子で旅行するポイント

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【1】川越日枝神社の入口。目の前の喜多院門前通りの歩道に接している。

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【2】川越日枝神社の正面は手すり付きのコンクリート製スロープになっており、拝殿前まで移動できる。

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【3】川越日枝神社とは道路挟んで反対側に喜多院の明星駐車場(有料)があり、身障者トイレも喜多院境内にある。



川越日枝神社境内図

境内配置図 [凡例]
日枝神社本殿 拝殿 社務所 手水舎 仙波日枝神社古墳 明星駐車場(有料) 料金所 明星社と明星杉 白山権現 茶そば寿庵喜多院店 喜多院山門 番所 厄除けだんご 多宝塔 五百羅漢 売店(五百羅漢入口) 喜多院前バス停 埼玉県道15号川越日高線 喜多院入口交差点 国道254号

移動のしやすさ ★★★☆☆
バリアフリーの状況
日枝神社は拝殿正面がスロープになっているため、賽銭箱前まで移動できる。ただし、自動車の場合は駐車場がないので道路反対側の喜多院明星駐車場(有料)を利用することになるので注意が必要である。身障者用トイレは喜多院境内にある。

周辺の名所・観光スポット

川越城本丸御殿

川越城は、室町末期に扇谷上杉氏が古河公方足利氏に対抗するために築いた城郭ですが、のちに北条氏が占領し、奪還を目指した上杉氏が大敗した日本三大夜戦の一つ「河越夜戦」は有名です。豊臣秀吉による北条氏滅亡を経て、近世には川越城に藩庁を置く川越藩が成立し、有力な譜代大名や親藩の松平家が封じられました。川越城址には全国的にも珍しい江戸末期の本丸御殿が現存しており、埼玉県の指定文化財となっています。
【身障者用トイレ・駐車場・リフト・スロープあり。御殿正面は階段だが向かって左(南)側に身障者用の別の入口があるので申し出ること。障害者手帳所持者と介護者1名無料。】

■参考リンク:川越城本丸御殿

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