御厨神社

御厨神社(みくりやじんじゃ)は、三重県松阪市にある、国学者・本居宣長ゆかりの神社です。もとは伊勢神宮の荘園である平生御厨に祀られていましたが、松坂城下に遷座してその守護神として崇敬されるようになりました。伊勢松坂で産まれた本居宣長は、この神社を産土神とし、『古事記伝』を奉納するなどしています。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 建速須佐之男命(主祭神)、加夫呂岐命、火産霊命、木花之開耶姫命、大山祇命、奥津彦命、奥津姫命、応神天皇、宇迦之御魂命、市岐島姫命
所在地 三重県松阪市本町2304
交通 JR紀勢本線・近鉄山田線「松阪駅」から徒歩で約10分
伊勢自動車道「松阪IC」から車で約10分
拝観料 無料
駐車場 境内に未舗装の駐車スペースあり
なお、御厨神社とは道路挟んで反対側角の洋食屋「和みキッチン星」と駐車場を共用しているため注意
URL
連絡先 御厨神社 0598-21-4483

歴史・由来

御厨神社(みくりやじんじゃ)は、三重県松阪市にある、国学者・本居宣長ゆかりの神社です。

もとは伊勢国飯高郡平尾郷(松阪市町平尾町)にあった伊勢神宮の荘園である「平生御厨(ひらおのみくりや)」に創建されたもので、伊勢神宮に向かう当時の参宮街道に面しており、勅使が下向の折には御厨神社に立ち寄ったといいます。

また、かつては伊勢湾が付近まで迫っており、海辺の48か村の総称である「世名浦」の名を冠して「世名浦大明神」ともよばれ、海魚が贄として献上されていたともいいます。

中世には「細頚(ほそくび)」とよばれていた街並みがあった松ヶ島城を離れ、蒲生氏郷が新たに松坂城を築城して城下町を整備すると、戦国時代の騒乱で衰微していた御厨神社も伊勢街道沿いに再興されます。

江戸時代に入り、松阪は紀州徳川家の領地となりますが、元和6年(1620)に代官となった長野九左衛門清定によって、御厨神社はさらに現在地に遷座し、松坂城の鬼門を守る神社になるとともに、八雲神社、雨竜神社、八重垣神社に並ぶ城下の「四天王社」として崇敬されるところとなりました。

伊勢松坂の生まれて国学を大成した本居宣長は、この御厨神社を産土神としていたため、自著である『古事記伝』を奉納するとともに、親交があった伊勢内宮の祢宜・荒木田経雅に扁額の染筆を依頼するなどしており、奉納された『古事記伝』は現在、国史跡の松坂城跡内の「本居宣長記念館」に寄託されています。

車椅子で旅行するポイント

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【1】御厨神社の境内正面。道路沿いに鳥居があり、その東側に自動車の入口がある。

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【2】鳥居から入ると神門があるが、敷地が段差となるため車椅子は不可。

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【3】道路沿いにある自動車入口からは容易に境内に進入できる。

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【4】御厨神社境内。薄く玉砂利が敷かれ平坦で自動車の駐車も可能。入口付近は「和みキッチン星」駐車スペースにつき妨害しないこと。

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【5】御厨神社の拝殿。周囲は平坦で、樹木と境内社に取り巻かれている。


御厨神社境内図

移動のしやすさ ★★★☆☆
バリアフリーの状況 身障者向けの特別な施設・設備はないが、門を除いて移動の支障になるようなものも逆に存在しない。トイレは500メートル先の松坂市役所か、900メートル先の松坂駅前公衆トイレを利用。

周辺の名所・観光スポット

本居宣長記念館

国史跡である松坂城跡のなかにあり、江戸時代の国学者・本居宣長の旧宅「鈴屋」(すずのや)を移築・公開している。別棟の展示室では、『古事記伝』などの自筆稿本、日記、古鈴などの遺品、自画自賛像などが展示されている。
【「本居宣長記念館」は2017年リニューアルされ、エレベーター、多目的トイレを設置済み。展示室は大人身障者は小人料金で見学可。ただし、駐車場からの傾斜が大きなスロープと「鈴屋」への動線の途中のグレーチングに注意。「鈴屋」内部は段差あり車椅子では見学困難だが、ガイドボランティアがいるので詳しい説明は聞ける。】

■参考リンク:本居宣長記念館

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