大城神社

大城神社は、滋賀県東近江市に鎮座し、近江商人ゆかりの地として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている五個荘の総鎮守とされる神社です。創建は推古天皇のころとされ、中世には佐々木六角氏の居城であった観音寺城の鬼門の守護として崇敬されました。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 【主祭神】高皇産霊神、菅原道真公
【配祀神】伊邪那岐神、天児屋根命、武内宿彌大神
所在地 滋賀県東近江市五個荘金堂町66
交通 JR琵琶湖線「能登川駅」から近江鉄道バスで約10分、「金堂」または 「ぷらざ三方よし」下車、徒歩約10分
名神高速道路「八日市IC」から車で約20分
拝観料 無料
駐車場 五個荘金堂地区内にアスファルトまたは砕石で舗装された駐車場あり(無料)
URL
連絡先 不詳


歴史・由来

大城神社は、滋賀県東近江市に鎮座し、近江商人ゆかりの地として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている五個荘の総鎮守とされる神社です。

創建は推古天皇29年(621)で、厩戸皇子(聖徳太子)がこの地に「金堂寺」を建立した際に、その鎮守として勧請し、嘉応2年(1170)、現在地に社殿が営まれ、天満天神、大梵天王、八幡大神を合祀したと伝えられています。

中世、近江守護を務めた佐々木六角氏の居城であった観音寺城から見て、この神社は丑寅の方角にあたることから、観音寺城の鬼門の守護として崇敬され、特に応仁の乱のころの守護大名・六角高頼からは祭祀米を賜っています。

永禄6年(1563)には、六角義賢(六角承禎)の子として家督を継いだ六角義治が重臣の後藤賢豊を殺害したことに端を発する内紛「観音寺騒動」の兵火で焼失し、その後六角氏も織田信長に破れて逃亡したことから庇護者を失いますが、近世には大和郡山藩の柳沢氏の領地として金堂陣屋が置かれ、代官が毎年参拝したといいます。

大城神社のある一帯は、古代の条里制の遺構とともに、大城神社の目の前の「馬場通り」などの街路を中心として、土蔵などが並ぶ近江商人屋敷の景観が残っており、「東近江市五個荘金堂伝統的建造物群保存地区」として、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

車椅子で旅行するポイント

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【1】付近の近江商人博物館には身障者用トイレや舗装駐車場がありここを五個荘巡りの拠点にできる。

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【2】馬場通りに面した大城神社の正面鳥居。特に段差もなくスムーズに入れる。

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【3】大城神社の境内。本殿は階段上にあるが、他は基本的に薄く玉砂利が敷かれ平坦になっている。

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【4】境内向かって左側の社務所裏にも別の入口がありここも段差はない。入口付近に若干台駐車可能なスペースもある。



大城神社境内図

移動のしやすさ ★★★★☆
バリアフリーの状況 大城神社は平坦地にあるため、身障者用の特別な設備はないにしても、参拝は比較的容易である。周囲は舗装道路で五個荘金堂地区をそのまま見物することができる。身障者用トイレは近くの「近江商人博物館」や「ぷらざ三方よし」などが利用できる。五個荘金堂地区の街並みは、「馬場通り」などの大通りを除くと幅員が狭いので自動車は運転には注意する必要があるが、たとえば「近江商人屋敷外村繁邸」のように、敷地内に自動車で乗り入れできる身障者用駐車場入口を別にもっている例がある。

周辺の名所・観光スポット

近江商人博物館・中路融人記念館

江戸時代に五個荘の地から全国に行商して財を成した「近江商人」に関連した博物館。「売り手によし、買い手によし、世間によし」という、いわゆる「三方よし」の精神をはぐくんだ地域の歴史、近江商人の暮らしぶりや家訓などを映像をはじめとする資料で紹介している。あわせて同じ建物内には東近江市名誉市民で文化功労者となっている日本画家・中路融人のデッサンなどを展示する記念館が開館している。
【身障者用駐車場、スロープ、エレベーター、身障者用トイレ、貸出用車椅子あり。身障者手帳所持者および介護者1名無料】

■参考リンク:てんびんの里 五個荘 東近江市近江商人博物館・中路融人記念館