酒折宮

酒折宮は、山梨県甲府市にある神社で、「連歌発祥の地」として知られます。日本武尊が東征の折に甲斐国造に任じられた塩海足尼が、社殿を建てて日本武尊を祀ったことにはじまるとされています。境内には国学者の本居宣長が撰文し、平田篤胤が揮毫した「酒折宮寿詞」などの石碑が残ります。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 日本武尊
所在地 山梨県甲府市酒折3-1-13
交通 JR中央本線「酒折駅」から徒歩約10分
中央自動車道「一宮御坂IC」または「甲府昭和IC」から車で約20分
拝観料 無料
駐車場 境内前に砕石が敷かれた無料駐車場あり
URL
連絡先 酒折宮 055-231-2690

歴史・由来

酒折宮は、山梨県甲府市にある神社で、「連歌発祥の地」として知られています。

日本武尊が東征の折、ここを行宮(あんぐう)としたことがはじまりとされており、その際に甲斐国造に任じられた塩海足尼(しおのみのすくね)が社殿を建て、日本武尊から拝領した火打嚢を神体として祀ったものといいます。

当時はいわゆる「神奈備山」にあたる神体山である月見山の中腹、「古天神」といわれる場所に鎮座していたものの、いつのころか現在地に遷座したものとされており、故地には石祠や磐座、円墳の不老園塚古墳などがあります。

また、『古事記』や『日本書紀』にも日本武尊の東征伝説がありますが、酒折の地で日本武尊が「新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる」と侍者に問いかけたところ、ただ一人、御火焼翁(みひたきのおきな:焚き火の番をしていた老人)が「日々並て(かがなべて) 夜には九夜(ここのよ) 日には十日を」と歌で答えたので、この者を「東国造(あづまのくにのみやつこ)」に任命したと記されています。

このことから、江戸時代には「連歌発祥の地」などとして酒折宮の存在は有名になっており、国学者の山県大弐は社殿を造営した上で、境内にその由来を記した「酒折祠碑」を建立しています。また、国学者の本居宣長が撰文し、平田篤胤が揮毫した「酒折宮寿詞」の石碑も残り、「後世迩片歌之続歌之事之始」として、「連歌発祥の地」であることを述べています。

酒折宮境内には山梨学院高等学校が隣接しており、系列の山梨学院大学では、この酒折宮にちなんで、問いの片歌に対し、答えの片歌を五・七・七でつくるというユニークなコンテストである「酒折連歌賞」を開催しています。

車椅子で旅行するポイント

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【1】国道の酒折宮入口交差点から入ると踏切の向こうに酒折宮の鳥居が見える。

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【2】酒折宮の境内入口は階段だが、その脇がスロープ状になっている。

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【3】正面左側の公道沿いにもスロープ状になっている進入路がある。

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【4】酒折宮寿詞、酒折祠碑などの石碑は比較的参道沿いにある。

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【5】酒折宮の拝殿。参道は舗装されているが、拝殿までは石段のため、車椅子での参拝は石段下まで。



酒折宮境内図

境内配置図 [凡例]
本殿 拝殿 酒折祠碑 手水舎 社務所 辻嵐外句碑 酒折宮寿詞 連歌の碑 鳥居 山梨学院中学高等学校 JR中央本線 酒折駅 国道411号 酒折宮入口交差点 甲斐善光寺 かいてらす(山梨県地場産業センター)

移動のしやすさ ★★★☆☆
バリアフリーの状況 酒折宮は境内前面に駐車して鳥居の石段脇のスロープから境内に進入できるが、拝殿へは石段となっているので、車椅子の場合はその下までの移動となる。車いす用トイレは近場であれば酒折駅の改札内か、かいてらす内のトイレを利用できる。

周辺の名所・観光スポット

石和温泉

山梨県笛吹市にある山梨県下最大規模の温泉街。開湯自体は戦後のことと比較的新しく、ぶどう園から湧きだした「青空温泉」が起源。泉質は無色無臭のアルカリ性単純泉。周辺に史跡、観光農園、レジャー施設など多数が点在している。【バリアフリー宿泊施設あり】

■参考リンク:山梨県 石和温泉旅館協同組合 ホームページ

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