虎ノ門金刀比羅宮

虎ノ門金刀比羅宮は、東京都港区にある神社です。江戸時代に丸亀藩主・京極高和が江戸の藩邸内に領国の讃岐国から金刀比羅宮を勧請したのがはじまりで、後に現在地に遷座しました。江戸庶民の求めに応じて毎月10日に藩邸を開放して参拝を許し、久留米藩邸内の水天宮とあわせて高い人気を誇っていました。社殿は戦災により焼失したため、戦後に再建されています。

旅行先の地図

旅行先の概要

御祭神 大物主神、崇徳天皇
所在地 東京都港区虎ノ門一丁目2番7号
交通 東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」2番出口から徒歩約1分
首都高速道路都心環状線「霞が関出入口」から車で約2分
JR新橋駅から都営バス(渋谷駅前行き)経由で約7分、「虎ノ門」又は「霞が関三丁目」停留所下車、徒歩約3分
JR新橋駅からちぃバス(みなとパーク芝浦行き)経由で約13分、「虎ノ門二丁目」停留所下車、徒歩約2分
拝観料 無料
駐車場 なし。周辺のコインパーキングを利用のこと。
URL
連絡先 金刀比羅宮 03-3501-9355


歴史・由来

虎ノ門金刀比羅宮は、東京都港区にある神社です。

江戸時代初めの万治3年(1660)、丸亀藩の初代藩主・京極高和が、当時三田にあった江戸藩邸内に領国の讃岐国から金刀比羅宮を勧請したのがはじまりです。江戸城の裏鬼門にあたることから、鬼門除けの神としても崇敬されました。後に藩邸が移転したことに伴い、延宝7年(1679)に現在地に遷座しています。

この虎ノ門金刀比羅宮は、大漁満足、海上守護、五穀豊穣、除災招福などの御利益で江戸庶民の人気も高かったことから、文化年間からは毎月10日に藩邸を開放して庶民の参拝を許し、久留米藩邸内の水天宮とあわせて参詣者の多さで知られるようになりました。

明治2年(1869)に神仏分離により「事比羅神社」に、明治22年(1889)に「金刀比羅宮」に改称、明治6年には「府社」に列格して引き続き庶民の信仰を集めますが、東京大空襲により社殿が焼失したため戦後に再建され、現在は三井不動産の26階建てのオフィスビル「虎ノ門琴平タワー」と一体的に境内が整備されています。

毎年1月10日には「初こんぴら祭」、10月10日には「大祭」が斎行されており、境内では里神楽の奉納や露天商の出店でにぎわいます。

車椅子で旅行するポイント

虎ノ門金刀比羅宮_1.jpg

【1】虎ノ門金刀比羅宮の境内へは正面鳥居・裏鳥居のいずれからも段差なく入れる。裏鳥居脇の地下駐車場は契約車両限定である。

虎ノ門金刀比羅宮_2.jpg

【2】正面鳥居・手水舎・社務所は虎ノ門琴平タワービルのピロティにあり、足元も平坦である。ただし、トイレは一般用で身障者用はない。

虎ノ門金刀比羅宮_3.jpg

【3】虎ノ門金刀比羅宮の社殿付近。手すりはあるがスロープはなく移動できるのは4段ある石段の下までとなる。



虎ノ門金刀比羅宮境内図

境内配置図 [凡例]
社殿 参集殿 喜代住稲荷神社 結神社 社務所 百度石 銅鳥居 裏鳥居 正面鳥居  手水舎 神楽殿 トイレ 社号標 虎ノ門琴平タワー 契約駐車場入口 虎ノ門二丁目西交差点 虎ノ門一丁目交差点 贈正四位江藤新平君遭難遺址碑 国道1号 東京都道405号外濠環状線 虎ノ門二丁目バス停 霞が関三丁目バス停 霞が関バス停 東京メトロ銀座線虎ノ門駅

移動のしやすさ ★★★★☆
バリアフリーの状況
虎ノ門金刀比羅宮は霞が関のごく近くに位置しており、2004年竣工の「虎ノ門琴平タワー」と一体整備されているため、境内は平坦で移動そのものはしやすい。しかし、新しい建物の割にはトイレや社殿の石段などがバリアフリー化されておらず、一般参拝者用の駐車場もないため、その分を割り引いて考える必要がある。また、東京メトロ銀座線虎ノ門駅には身障者用トイレ(オストメイト対応)やエレベーターが設置されているが、トイレは浅草方面行きホームにしかなく、反対ホームからは直接移動ができない。

周辺の名所・観光スポット

憲政記念館

「憲政記念館」とは、東京都千代田区永田町の国会前庭内にある記念館で、「憲政の神様」といわれた衆議院名誉議員・尾崎行雄を記念する「尾崎記念会館」を母体として、議会開設80周年を機会に昭和47年(1972)に開館したものです。国会の歴史や制度・運営について映像やパネル、実物模型などで紹介しているほか、原敬首相の演説草稿、大日本帝国憲法を公布する官報号外などの我が国憲政史に関わる貴重な資料を展示しています。
【身障者用トイレ・エレベーター・スロープあり】

■参考リンク:憲政記念館のご案内