報仏寺

報仏寺は、茨城県水戸市にある浄土真宗の寺院です。鎌倉時代、親鸞聖人の弟子で、師の教えを『歎異抄』にまとめたとされる唯円が開基したものです。中世には河和田城主・春秋氏の帰依を受けますが、江戸時代になって水戸藩2代藩主・徳川光圀が現在地に移した上で再興しています。境内にはかつての河和田城の土塁などが残るほか、本堂付近の枝垂れ桜は水戸市保存樹に指定されています。

旅行先の地図

旅行先の概要

御本尊 阿弥陀如来
所在地 茨城県水戸市河和田町887
交通 JR赤塚駅(南口)から茨城交通バス(水戸医療センター行き)経由で約5分、「報仏寺」バス停下車
常磐自動車道「水戸IC」から車で約10分
拝観料 無料
駐車場 境内に参拝者用の砕石敷の駐車場あり
URL
連絡先 報仏寺 029-251-5789

歴史・由来

報仏寺は、茨城県水戸市にある浄土真宗の寺院で、山号を「法喜山」、院号を「泉渓院」といいます。

鎌倉時代の建保6年(1218)、親鸞聖人の弟子で、師の教えを「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の悪人正機の一節で知られる『歎異抄』にまとめたとされる唯円が開基したものです。

縁起によれば、唯円はもとは北条平次郎則義という殺生を好む放逸な武士で、妻が親鸞聖人から賜った「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を大事に押し頂いているのを見て、密夫の艷書と勘違いして激昂し、たちまち斬り殺して死体を竹藪に埋めてしまったといいます。

ところが家に戻ったところ斬り殺したはずの妻が生きているので仰天し、竹藪を掘り返してみると、そこには妻の身代わりとなった血染めの名号があったことから、以後は改心して夫婦そろって親鸞聖人に帰依したとされます。このときの「血染めの名号」は今でも報仏寺の寺宝の一つとして残されています。

唯円が当初に念仏道場を建てた場所は現在地から700メートルほど南側の道場池付近とされ、室町時代の文明13年(1481)には北方の竹の内に移り、以後水戸城を居城とする江戸氏の家臣で河和田城主の春秋氏の帰依を受けて栄えます。

天正18年(1590)、佐竹義重・佐竹義宣父子による水戸城攻めにともない河和田城が落城し、主家の江戸氏も滅亡すると衰退に向かいますが、江戸時代に入り、元禄2年(1689)に水戸藩2代藩主・徳川光圀が現在地に移して再興しています。現在地はかつての河和田城の大手口付近にあたり、今でも境内に当時の土塁や堀などの痕跡を見ることができます。

報仏寺本尊の阿弥陀如来は、その墨書銘から室町時代の文明13年(1481)に製作されたものとわかっています。寺宝の銅造大黒天像は、珍しい半跏形をした像高3.3センチメートルの小型のもので、同じく室町時代の作と見られており、茨城県指定文化財となっています。また、本堂付近の大きな枝垂れ桜も水戸市保存樹に指定されており、4月の花の時期には夜間のライトアップが行われます。

車椅子で旅行するポイント

報仏寺_1.jpg

【1】報仏寺の山門前にはバス停と砕石敷の駐車場があり、山門の先は未舗装の参道が続いている。

報仏寺_2.jpg

【2】境内北側にもさらに広い砕石敷の駐車場があり、同様にその奥が本堂への参道となっている。

報仏寺_3.jpg

【3】境内北側の駐車場からは50メートルほどの玉砂利の参道が本堂に続いている。

報仏寺_4.jpg

【4】報仏寺本堂付近。周囲は玉砂利が敷かれており、正面と北側の参道が本堂手前で合流している。




報仏寺境内図

境内配置図 [凡例]
本堂 庫裏 墓地 トイレ 枝垂れ桜 石碑(唯円大徳開基) 水屋 鐘楼 親鸞聖人像 山門 報仏寺バス停 国道50号 河和田町南交差点 赤塚駅

移動のしやすさ ★★★☆☆
バリアフリーの状況 報仏寺には境内東側山門前と北側にそれぞれ砕石敷の駐車場がある。足元は玉砂利か砂地、芝生となっているが、経路としては北側からが一番入りやすい。報仏寺の南側500メートルほどの位置に国道50号バイパスが通っているので、身障者用トイレはバイパス沿いにいくつも存在する大規模店舗のものが利用できる。

周辺の名所・観光スポット

偕楽園

「偕楽園」とは、金沢の兼六園、岡山の後楽園と並ぶ「日本三名園」の一つで、江戸時代の天保13年(1842)に水戸藩第9代藩主・徳川斉昭によって造営された大名庭園のことをいいます。『孟子』梁惠王章句上にある一節「古之人与民偕楽、故能楽也」(古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなり)がその語源です。他の多くの大名庭園とは異なり、その理念に基づき、日付を限って一般の領民にも開放されていました。
千波湖を望む園内には約100種3,000本の梅が植栽されており、当時から観賞用とともに梅干しを「軍旅之用」として充てる実利的な目的があったことが徳川斉昭撰文の「種梅記」の碑からわかります。現在は2月下旬から3月にかけて「水戸の梅まつり」が開催されており、全国から訪れる多く観梅客でにぎわいます。
また、空襲で焼失後に復元された茶室や広間などを含む建物「好文亭」、「水戸八景」の一つにあたる景勝地「僊湖暮雪」の碑、寒水石の井筒から渾々と水が湧く井戸「吐玉泉」、黄金色に光る藻類「ヒカリモ」の生息地で水戸城の抜け穴説もある謎めいた南崖の洞窟などの見どころもあります。

【園内に身障者用トイレあり。ただし、「好文亭」は階段あり車椅子不可。】

■参考リンク:茨城県営都市公園オフィシャルサイト>偕楽園

シェアする

トラックバックURL(報仏寺