東光寺

東光寺

東光寺は、甲府善光寺から程近い「甲府五山」の一つに数えられる臨済宗の名刹で、諏訪頼重や武田義信の墓があります。檜皮葺き、禅宗様の仏殿は室町時代後期の建築物で、内部には御本尊の薬師如来像や十二神将像が安置され、国の重要文化財となっています。

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旅行先の地図

旅行先の概要

御本尊 薬師如来
所在地 山梨県甲府市東光寺3-7-37
交通 JR身延線「善光寺駅」から徒歩約15分。
中央自動車道「一宮御坂IC」から車で約20分。
拝観料 境内無料。ただし、「庭園拝観」【車椅子不可】は300円、中学生以下無料。
駐車場 境内に砕石敷の無料駐車場あり
URL
連絡先 東光寺 055-233-9070

歴史・由来

東光寺は、甲府善光寺の西約500メートルほどの場所に位置し、「甲府五山」の一つに数えられる臨済宗の名刹で、御本尊は薬師如来です。

平安時代末期の保安2年(1121)、甲斐源氏の祖にあたる源義光(新羅三郎)が国家鎮護・仏法興隆の祈願所として諸堂を建立し、「興国院」と名づけたことに始まるといわれています。

その後荒廃していたところ、甲斐国に配流されていた蘭渓道隆が文永5年(1268)に禅宗寺院として再興し、寺号を「東光寺」と改めています。

室町時代には臨済宗妙心寺派に帰依していた甲斐国主・武田晴信(信玄)による保護を受けて諸堂が再興され、鎌倉・京都五山の制に倣い「甲府五山」が整備されるなかで、長禅寺、法泉寺、能成寺、円光院とともに五山の一つとして隆盛します。

天文11年(1543)の甲斐武田氏による諏訪侵攻では、領主であり諏訪大社の大祝であった諏訪頼重がこの寺に幽閉され、のち自害しており、また、永禄8年(1565)には武田信玄の嫡男・武田義信が信玄を殺害しようとした謀反の嫌疑により同じく幽閉され、永禄10年に死去しており、境内裏手の墓地には諏訪頼重や武田義信の墓所があります。

天正10年(1582)、織田氏の侵攻により甲斐武田家が滅亡すると、この寺も焼き討ちに遭い、信玄の伯父に当たる時の藍田恵青和尚は「心頭を滅却すれば火もまた自ら涼し」の遺偈を残した恵林寺の快川紹喜和尚らとともに火定に入り、亡くなりました。

江戸時代には幕府から寺領の安堵を受けますが、のちに徳川5代将軍・綱吉の側用人として権勢を振るう柳沢吉保は甲斐武田氏の流れを汲み、宝永元年(1704)に甲府城主となっており、その嫡子・吉里の男子2人の墓所はこの東光寺に営まれました。

この寺に残る檜皮葺き、禅宗様の「仏殿」(薬師堂)は、室町時代後期の建築物で、内部には御本尊の薬師如来像や十二神将像が安置されており、国の重要文化財となっています。

また、境内本堂裏手の山側に広がる庭園は、池の回りの斜面を石組が取り囲む池泉鑑賞式庭園となっており、蘭渓道隆が作庭したとされています。

車椅子で旅行するポイント

東光寺

【1】惣門は階段だが右脇に砕石敷駐車場への平坦な進入路。さらに奥にも駐車場。

東光寺

【2】中門入ると1段だけ段差あり。段差を避けるのであれば右手の砕石敷の道路へ。

東光寺

【3】中門右手の砕石敷の道路から庫裡方向へと入る。

東光寺

【4】境内参道は石畳敷。仏殿、本堂の手前まで小規模な庭園がある。

東光寺

【5】東光寺仏殿。内部庭園や堂内拝観は車椅子不可だが外観は眺望できる。



東光寺境内図

周辺の名所・観光スポット

石和温泉

山梨県笛吹市にある山梨県下最大規模の温泉街。開湯自体は戦後のことと比較的新しく、ぶどう園から湧きだした「青空温泉」が起源。泉質は無色無臭のアルカリ性単純泉。周辺に史跡、観光農園、レジュー施設など多数が点在している。【バリアフリー宿泊施設あり】

■参考リンク:山梨県 石和温泉旅館協同組合 ホームページ

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