義民のあしあと

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義民とは

義民とは、公の利益のために自分の利益を顧みず、その財物や尊い身命をなげうった人のことで、主に江戸時代の百姓一揆の指導者として、徒党を組んだり越訴を企てたとして領主から処罰されたものの、民衆からはかえって敬慕された人を指しています。
歌舞伎や講談、浪花節などにも採り上げられた佐倉宗吾のように、祠堂が建てられ、諡(おくりな)を付けられた場合もありますが、墓さえも禁止された場合には、稲荷や地蔵などに仮託することによって、その霊魂をなぐさめました。




江戸時代の一揆の件数と性質

江戸時代に発生した百姓一揆の件数は、『百姓一揆総合年表』によれば3,000件以上に達するとされています。
一揆の件数は「享保の改革」が行われた享保年間以降、特に享保の飢饉・天明の飢饉・天保の飢饉といった「江戸三大飢饉」の後に増加し、慶応2年(1866)にピークを迎えています。

百姓一揆とひとことで言っても、江戸時代前期の17世紀には庄屋などの村役人が村を代表して領主に村の窮状を直訴する「代表越訴型一揆」、中期の18世紀には村人すべて、あるいは複数の村が協力して領主に対して年貢減免を強訴する「惣百姓一揆」、後期の19世紀になると社会全体の変革を目指して本百姓・水呑百姓らが村役人と領主の双方に強訴・打毀しで対抗する「世直し一揆」と、時期によってそれぞれ性質が異なるといわれています。
もっとも、地域性による違いはありますので、これが絶対的な分類というわけではありません。


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